夫のことは嫌いじゃない。むしろ、家族としては大切に思っている。
でも、ふとしたときに気づいてしまう。
夫が私を見る目は、「妻」や「子どもの母親」を見る目であって、「女性」を見る目ではない。
この感覚は、言葉にしにくいぶん、とても苦しいものです。
「家族になる」ことと「女性として見られる」こと
結婚生活が長くなると、夫婦は少しずつ「生活のパートナー」になっていきます。
それ自体は、信頼関係ができている証でもあります。
ただ、その過程で次のようなことが起こりやすくなります。
- 呼び方が「ママ」「お母さん」になる
- 会話の中心が子ども、お金、家事の分担になる
- 着替えや素顔を見られることに、お互い何も感じなくなる
安心感が増える一方で、「ひとりの女性としての自分」が置き去りにされたように感じる。
これは多くの既婚女性が経験していることです。
「女として見られていない」と感じるときのサイン
こんな声をよく聞きます。
- 髪型を変えても、夫は気づかない
- 一緒に出かけても、手をつなぐことがなくなった
- 「綺麗だね」「かわいいね」と最後に言われたのが思い出せない
- 体に触れられるのは、何かのついでのときだけ
ひとつひとつは小さなことです。でも、積み重なると「もう私には女性としての価値がないのかもしれない」という思いにつながっていきます。
その気持ちを持つあなたは、わがままではない
「家族として大切にされているのに、それ以上を望むなんて」
そう思って、自分の気持ちを否定していませんか。
人には、「家族として必要とされたい」気持ちと、「ひとりの人として、異性として見てほしい」気持ちの両方があります。
どちらか片方が満たされていれば、もう片方を我慢するべき、というものではありません。
自分の中の「女性」を取り戻すためにできること
1. 自分のために装う
夫に見せるためではなく、自分が気分よく過ごすために、好きな服やメイク、香りを選んでみてください。
鏡の中の自分を「いいな」と思える瞬間を、少しずつ増やしていきましょう。
2. 「妻」「母」ではない時間を持つ
ひとりでカフェに行く、好きな映画を観る、習い事を始める。
役割から離れた時間が、自分自身を思い出させてくれます。
3. 夫に、さりげなく伝えてみる
「最近、手をつないでないね」「たまには二人で出かけたいな」
大きな話し合いでなくても、小さなひと言がきっかけになることがあります。
4. 気持ちを受け止めてもらえる場所を持つ
それでも満たされない気持ちが残ることもあると思います。
その気持ちを否定せずに聞いてもらえる場所があるだけで、心は少し軽くなります。
まとめ
- 夫婦が「家族」になるのは自然なこと。でも、そこで寂しさを感じるのも自然なことです
- 「女性として見てほしい」という気持ちは、わがままではありません
- まずは自分自身が、自分の中の「女性」を大切にしてあげてください
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